ひさびさにマジメな記事を。
西日本の教育界の名門、京都教育大学の学生が起こした
集団による準強姦事件。
まとめサイト→http://kyokyou.topcities.com/index.html
私は報道されている範囲内でしか事実を知ることはできませんが、
最終的に「起訴」されなかったとはいえ、
「示談」を考慮しての「起訴猶予」ということのようですし、
(つまり別に本来は起訴してもよかったということ。準強姦罪は親告罪じゃないしね)
そもそも「示談」に応じたということは、否認していた加害者側も、
犯罪行為そのものがあったことは認めているわけで。
(そうでなければ裁判で争えばいいだけのこと)
泥酔して正常な判断力を失った女の子を襲うのは、
男としてあるまじき行為だと思いますし、
(その意味で、「酔った女がいるから襲う」とかMIXで擁護発言をした立命館のアホ学生(しかも教育実習中)は最悪だと思う)
まして
未成年の子を一気ゲームで酔い潰させておいて集団で襲うなど
正直反吐がでますね。
加害者の一部や彼らを擁護するセカンドレイパーたちの中には、
「合意の上だった」「被害者が誘ってきた」
との弁明をするやからまでいたようですが、
営業中の居酒屋で、飲み会の途中に別室に抜け出して、
6人もの相手と性行為をすることを本心で望むなどありえない話ですし、
仮に万が一それが事実だとしても、
それこそまさに被害者が前後不覚に泥酔していた証拠でしょう。
それを男として、先輩として、介抱するのではなく、
営業中の居酒屋の中で襲う、
まして集団で襲うなどという行為のどこに弁護の余地が?
あと、それ以上に情けないのが、
京都教育大学のお偉方の対応の鈍さと、
たとえ一部とはいえ、
未だに被害者批判をネットで行っている在学生たちの存在。
同じ教育現場にいる人間として思うのですが、
たとえば集団での「いじめ」の被害を訴えた生徒がいるとするなら、
まずは「被害者を最優先で守る」のが対応の基本です。
加害者が苦しまないような教育配慮を優先するとか、
被害者にも落ち度があったように吹聴するとか、
(そもそも「いじめていい理由」など認めてはいけないのがイロハのイ)
まして被害者が訴えたせいでクラスの評判が下がり迷惑だとうそぶくとか、
そんなのは絶対にあってはダメでしょう。
そしてそれは「性犯罪」をめぐる問題に対しても同じです。
「スキがあるのが悪いんだ」論は一番性犯罪の被害者を傷付けます。
だから「セカンド・レイプ」という概念があるのです。
まして、「訴えたせいで加害者の人生が狂った!」「回りも迷惑だ!」
などと言われたら、被害者はどうやって立ち直ればいいのですか?
そういった被害者の立場に立つ、苦しみに寄り添うという
基本中の基本に対する意識の鈍感さが、
教育大学、そして仮にも教師を目指す人たちの集団の中に
見られるのが、一番の問題だと思うのです。
京都教育大学出身の立派な教員も身近にいますし、
教授の中には大学時代の大先輩もおられます。
そして何より名門・京都教育大学に憧れ、
受験したり、進学した生徒がこれまで何人もいます。
中にはもっと偏差値的に高い大学に行く力は充分にあったのに、
「この大学に行きたいから」と行って進んだ生徒までいるのです。
ちなみにその生徒は推薦でまさかの不合格をくらい、その後の一般試験で楽勝で合格しました。人物的にもまさに教育関係に進む上で申し分なく、「なんて見る目の無い大学なんだ」と彼を推薦で落とした時には、校内では大ブーイングになったものですよ(苦笑)
そうした生徒達の気持ちに応えられるよう、
京都教育大学には今一度、
「教師を育てる大学なのだ」という原点に立ち返って欲しいと思います。
ですが、正直言って、しばらくはこの大学を生徒に薦めようとは思いません。
まぁほっといても今年の受験生は激減するでしょうけどね。
一度失った信頼を取り戻すのは、大変なことですから……
PS
ちなみに最近読んだ新書の中で、「信頼のマネジメント」について扱っていたものがあり、大変面白い内容だったので紹介します。京都教育大学のお偉い方々もぜひ読まれてみてはいかがでしょうかね?
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